LOGIN――時速百二十㎞「なんか凄い足音する!」「ギア上げろ‼速ぇぞ‼」 ノエルは自分の踏み込める最大までアクセルを押しこむ。片足をピンと伸ばした現状、もうブレーキは掛けられない。 エンジン音を轟かせ、一瞬は引き離すがしかし、「コゲッ‼」「追いつくかよ!」 強靭な脚力で大跳躍した鶏は、そのまま東条に回し蹴りを喰らわした。 腕を武装し防いだ彼は、そのまま掴もうとし、「――ッ⁉」 横から首に迫る影を反射的にしゃがんで躱す。「ケっケっケっコゲェェェ」「シャァァア」 地面に着地した鶏は、涼しい顔をして百㎞越えの車に追走してくる。 そしてその尻から鎌首を擡げる、一匹の大蛇。 牙からは紫色の毒が滴り、瞳孔が彼を映す。「……コカトリスってやつか」 伝説に登場する、雄鶏の怪物。 東条は全身を武装し、臨戦態勢に入った。「来いや」「ゲェェエッ‼」 再び跳躍したコカトリスに狙いを定め、半歩足を引き、構え、「あ⁉」 そのまま頭上を飛び越していく巨体に虚を付かれる。 装甲車の前方に着地したコカトリスは限界まで右脚を引き、「コゲェアッ‼」「「――ッ⁉」」 弾き出す様に全力の前蹴り放った。 轟音を上げひしゃげ吹き飛ぶ鉄塊。宙を舞うそれは、最早車としての原形を留めていない。 蹴られる瞬間全身の武装を解除した東条は、反動でそのままコカトリスに向かって突っ込んでいく。(っぶねぇッ!)「シャァギャっ」 空中で身体を捻り、迫る毒牙を紙一重で躱す。 次いで、カッコいいからと腰に装着しておいたマチェットを抜刀。 振り抜き、大蛇の首を切り飛ばした。 鮮血が飛び散る中、しかしコカトリスは動じず、軸足で一回転。たったそれだけの動きで、東条の顔面に己の蹴りの軌道をドンピシャで合わせた。 風を切り裂き迫る旋風脚に瞠目。 咄嗟に左腕を曲げ頭を庇い、右手でそれを支える。「ゲガァッ‼」「――ッグ、ぉ――ッ―― 衝突。 一瞬の抵抗も許されず、直角の線を描き、東条はトレントをへし折りながら森の中へと消えた。「あいたた……くない?」 大破した装甲車から転がり出るノエルは、自分の身体に傷一つついていないことに驚く。 そして、辛うじてぶら下がっているサイドミラーに映ったモノにさらに驚いた。 そこにはただ一つ、黒い球体が在った。 それも次の瞬間には霧散
――皇居の中央広場を目指し、比較的綺麗な車道を進んで行く。「鉄砲っ鉄砲っ」「バズーカバズーカ。……お」 途中、横転した装甲車が視界に入った。「よっせぃ」 強引にひっくり返したところに、ノエルが乗り込みエンジンがかかるか確認する。中を漁るも、流石に武器は持ち出されていた。「ノエルが運転する!」 足を目一杯伸ばし、辛うじてアクセルに届いているという体勢で、彼女はふんすと気合を入れる。「別にいいけど、それ前見えてんのか?」「ギリ」 ハンドルに空いた穴から前方確認を行えば、何とかなる……はず。 助手席に座った東条は天井をぶち抜き、上半身を外に出す。「しゅっぱーつ」「進行―」 快活な合図と共に、力強い音を立てて車が動き出した。 ――時速三十㎞ お世辞にも上手いとは言えない軌道を描きつつも、ノエルの操る車は穏やかに進んで行く。「まっすぐ走ってくれ。俺酔いやすいんだよ」「走ってる」「どこがよ」 蛇行する視界に苦情を漏らす東条は、漆黒を伸ばして道中落ちている武器の類を拾っていく。ルーフに漆黒で固定されているのは、彼が集めた銃火器の数々である。「集まった?」「まあまあだな。……ん」 手元の銃の安全バーを外した所で、後ろから何かの気配を感じた。 振り向いた直後、横の林から双頭の黒犬が飛び出す。その数二十以上。吠えながら装甲車に追走してくる。「お出ましだっ。追いつかれんぞっ」「おらおらー」 東条は両手にサブマシンガンを持ち、反転して獰猛に笑う。 ノエルはアクセルを踏み込み、初めての快感にハンドルを握りしめた。 死のカーチェイスの始まりだ。 ――時速六十㎞「ヒャハハハハッ!血祭りじゃァッ‼」「ギャンっ」「キャインっ」 途切れない銃声と共に響く、狂ったような笑い声。四方八方に鉛玉を乱射しまくる東条は、シューティングゲーム感覚で命を刈り取っていく。 しかしやはりしぶとい。ニ、三発ぶち込んだ程度じゃどいつも倒れない。 加えて、「おいおいおいっ、どんどん集まって来たぞ!」「あははははっ」 これだけ騒いで他のモンスターが集まらないわけがない。前からも後ろからも、際限なくわらわらと湧いてくる。 そしてそれを跳ね飛ばし、轢き殺し進んで行く装甲車を操る少女の目は、キマってしまっている。「ハハっ」 東条は全身を外に晒し
「ノエルはめちゃかわダンスへびー♪ ほらこれみて尻尾をふりふりー♪ スーパーへびーはパンチもすごい♪ 顔面パンチそれめちゃかわパンチ♪ 邪魔する奴は皆殺し♪」「どんな歌だよ……」 穏やかな陽光が枝葉を抜け、薄明りの中に温かな穴を作る。 子気味いい歌詞は風と共に木々の間を吹き抜け、それを追う呆れた足音が地を踏みしめる。 不可思議なダンスを踊る一人の少女を、天然のスポットライトが照らしていた。 東京ドームを出た二人は、現在皇居を目指し南下中。 目的は単純、何か面白い現代兵器が落ちているかもしれないから。 加えて、皇居の近くには主要な建物が多く存在している。彼等が次に訪れたい場所も、その近くにあるのだ。 ――歩いて三十分ほど。彼等は予定通り目的地に到着した。「ここか?」「でか」 東条は、別の場所に来てしまったか?と現在地を確認するが、やはり合っている。 彼が混乱したのもそのはず。目の前に現れたのは、本来あるはずの堀ではなく、十五mを超す木々の壁であった。 マイホーム程の大きさはないが、他のトレントよりも明らかに血を啜っている個体が、見る限り堀であった場所にズラリと並んでいる。「殺したモンスターでも捨ててたのか?」「かも」 一朝一夕で育つデカさではない。経験則から出した推測ではあるが、不正解。 その実は、大量のC4で爆殺されたモンスターの肉片によって、一夜にして出来上がった塀である。 このトレントの成長速度だけで、その日どれだけのモンスターがこの場所を襲ったのかが窺い知れる。 ……と言っても、彼等には大した問題でもない。「んじゃ行くか」 身体強化を施し、脚に力を込める。「おんぶ」「あ?」 そこで繰り出される、ノエルのワガママ。「っどくせぇなっ」「わー」 いちいち付き合ってやるものか。東条は彼女の背負っているリュックを引っ掴み、そのまま樹上に跳躍した。 枝を経由し、頂上に手を掛ける。 眼下を眺めるも、予想とは少々違う景色に目を丸くした。「あんま変わってなくね?」「(バタバタ)ぷはっ」 大規模な戦闘の結果、皇居内はジャングル化しているものだと思っていたのだが……。 元から緑が多かったせいか、変化が分かりづらい。「栄養全部この子達に集まってる」「あぁ、なるほどね」 幹に手を添えるノエルに言われ、
しかしそんな中、二人の耳が呻き声を捕えた。「――うぅぁあ」 段々と大きくなるその声は、徐々に言葉の形を成していく。「「――ぅるいっ、――さぃっ、ぅるさいっ、うるさいうるさいうるさいうるさいッ!」「「っ」」 驚く二人にお構いなく、快人は頭を抑え転がり回る。「黙れッ‼やめろっ、来るな来るな来るなッ‼」「何だ?」「分かんない」 外部からの攻撃を疑い、警戒を強める二人だが、「うるさ――…… 次の瞬間、叫びはピタリと止まり、快人がぐったりと動かなくなった。「……」「気を付けて」 快人の様子を見ようとする東条に警告し、ノエルはもしもの為に援護の態勢に入る。 ゆっくりと仰向けにするとそこには……「――っ」 耳、目、鼻、口から血を流す快人の姿があった。 胸に手を当てるも、鼓動が聞こえない。 間違いなく、死んでいる。「……あちゃ~」「わっ」 近づいてきたノエルが驚く。 彼等が知る由もないが、快人は己のcellを限界まで駆使した結果、制御不能に陥り、暴発。 自分を中心に、数キロ先までの全ての生物の意識を拾ってしまったのだ。 その途轍もない容量に脳がパンク。 神経が焼き切れ、遂には死に至った。「どうするよこれ」「……埋める?」「……だな」 扱いに困り、とりあえず埋めとく。 直にモンスターかトレントが食べに来るだろう。 予想外の結末に、口数少なく二人はドームから出る。 途中、隣を歩くノエルが、チラチラと自分を見ていることに気付いた。「どした?」「……怒ってる?」 上目遣いの彼女が不安気に尋ねる。「なんでよ?」「殺しちゃった」 彼女が怖いのは、殺しの罪悪感などではない。 相棒に嫌われるかもしれない、という懸念だ。 しかし東条はそんなノエルを笑い飛ばす。「別にしょうがねぇだろ。元はと言えば喧嘩売ってきたあいつが悪い。 それに気づいてるぜ。俺が戦うの嫌そうにしてたから、代わりに戦ってくれたんだろ?」「……言わぬが花」「わりいわりい」 快活に笑う東条に、彼女も安心する。「死んじまったもんはしょうがねぇ。遅かれ早かれああなってただろうしな。 パーと気分転換でもして、皇居行こうぜ!」「おう!」 互いにサムズアップする彼等に、陰鬱とした空気など微塵もない。 見る人が見れば顔を顰める光景だ。「俺
彼が常に余裕を持ち、自信を持ち、二人と対峙できていたのにはある理由がある。 彼のcellは言うなれば『敵意の知覚』。 自分に対するあらゆる害意、殺意、敵意に類似する全てを、超感覚で察知することが出来る。 山手線内にいて絶望的な強敵に遭遇することのなかった運の良い彼は、全ての時間をこの能力と魔法の研究と鍛錬に費やした。 そうして辿り着いた現段階での境地。『全自動迎撃モード』 自分ですら意識できない超速の反応で、感知圏内の攻撃を全て叩き落とすものだ。 その際迎撃に必要な分の魔力が自動的に削られ続けるため、使いどころを見誤ればぶっ倒れることになる。 しかしこれまた運の良い事に、彼は魔力量にも恵まれ、且つ最も頑丈な土魔法の適性を手に入れた。 その絶対とも言える防御力が、彼を彼たらしめていたのだ。「アァァァアアアアッ‼」「おー」 間髪なく降り注ぐ剣つるぎの豪雨を、張り合えるだけの魔力を快人から徴収した四本の土の鞭が、超高速で叩き壊していく。 しかし、叫びのた打ち回る彼を犯すのは、自分の魔力量を越えて尚強制的に搾り取られ続ける、想像を絶する痛みだ。 未だ嘗てない恐怖と痛みに支配され、彼の心がバキバキに壊れていった。 ――驟雨が止み、静寂が戻る頃には、彼はピクピクと痙攣し、白目を剥いたまま動かなくなってしまった 決着を悟った東条は立ち上がり、その凄惨な跡地に呆れかえる。「最後のはどっちも凄かったけどよ、生きてんのかあれ?」「生きてはいる」 満足気に飛び降りてくるノエルを全身でキャッチした。「でもあいつ、ノエル達を殺す気でいた。やっぱ殺していいと思う」 他者を殺すつもりなら、殺される覚悟も持つべきだ精神。 その考えも分かるが、人間とはそう簡単に割り切れるものではないのだ。「俺達が殺ると寝覚め悪いじゃん。勝手に死んでもらおうぜ」「……ん」 とりあえず矛を収めた彼女に、実験の結果を尋ねる。「それで、あいつのcell何だったんだ?」 東条もそれについては気になっていた。 ビデオに残せば売れると考えたから、二人はわざわざ喧嘩に付き合ってやったのだ。「まさの予想は?」「五感の強化とかじゃね?」「ん。多分その派生。人の意識を異常に気にしてたし、既にだいぶ浸食されてた」 快人の異常性は、誰もが気付けてしまう程に表に露出してい
「君が相手してくれるのかい?」 大きなリュックを背負う少女が自分に向かって歩いてくるのを見て、快人は後ろに跳躍し距離をとる。 頭がおかしくなっていても、魔力差を忘れる快人ではない。 その点に関して、彼は誰よりも敏感なのだ。「グランドスピア!」 伸ばす三柱の槍を、しかし少女に同じ技で叩き壊される。「クソっ……これならっ」 四本、五本と数を増していく長大な槍だが、その悉くが放った傍から撃墜されていく。 全く同じ力で。全く同じ形で。 当の少女は涼しい顔。余計苛立ちが募る。 そんな攻防の中、彼女が口を開いた。「他には?」「……は?」「他の攻撃は?」 ……どういう意味だ? 考え、数秒。理解した。 この女は、自分に他の攻撃を要求しているのだ。 もう飽きたからそれはいい、と。 他のを見せろ、と。 強者であるという彼の自尊心を、冷めた目で一蹴して。「黙れッ‼」 叫ぶ快人に同調し、七本の槍が地を削り同時に少女に伸びる。 速さも大きさも、今までで最速の一撃。 ノエルは自分に迫る渾身の攻撃に、心底落胆する。 同じ型の攻撃しか行えないなど、それのどこが魔法だと言うのか。 それに見たところ、彼が制御できる魔力範囲は精々半径十m。 要するに、十m内にある大地にしか干渉できないという事。 遠ければ遠い程魔力の扱いも難しくなる。 多少の操作が必要となる槍という武器を、彼が近場の地面を伸ばし作っているのもそのせいである。 しかしそうして作った全力の一撃でさえ、ノエルの無気力な一撃と同等。 総じて、(弱い……) よくこれで尊大に振る舞える、と彼女は心底感心する。 余程運が良かったのだろう。 ミノタウロスなどの本物の強者に出会っていれば、確実に殺されているレベルだ。「もういいや」 技の応酬で早々に彼を諦めたノエルは、次いで今回の目的である実験を開始するのだった。 ――(……やったのか?) 快人の放った土槍と、ノエルが出現させた土壁が衝突し、盛大に土煙を上げている。 パラパラと土塊が降る中、彼は真っ先に自分の魔法が相手の壁を砕いたのだと確信した。 ……事実は全くの逆だというのに。「――ッ⁉」 唐突に粉塵を突き破り伸びてくる十本の土柱に驚愕し、全力で後退。 一本一本が電柱の五倍はある質量物が、彼の後を追い地面を爆砕し







